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梅干しの初恋

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6人用(男性1;女性4;不問1) / 4738字 / 一途な恋のお話

↓この台本はリメイク作です↓

登場人物

A:大人のミドリ(20代~70代)。冒頭のモノローグは20代バージョンで。
B:隣のおばあちゃん(80代~)。
C:子どものミドリ(小学2年生~中学1年生~中学3年生~高校2年生)、サツキ(幼稚園年長)。
D:梅干し、ウメちゃん(幼稚園年長)。性別はどちらでもよい。
E:ミドリの母親、ハルカ(いずれも40代)。
F:カズくん(高校1年生)。男性。何らかの運動部所属。

本文

A01「隣のおばあちゃんのお家にはいつも決まっておいしいお菓子が置いてありました。毎日毎日、お菓子目当てに近所の子どもたちが遊びに来ていました。今思えばどこのスーパーにも置いてあるような、何の変哲もないお菓子ばかりでしたが、小さい子どもがいるお母さんが選ぶのとは少し傾向が違っていて、そんなお菓子が子どもにとってはかえって新鮮だったんです」

C01「おばあちゃん!」

B01「あら、ミドリちゃん。今日も元気ねえ」

A02「私もそのうちのひとりでした。おばあちゃんはいつも縁側に座っていて、お菓子に集まる子どもたちを目を細くして見つめながら、昔話をするのが好きなようでした。ほとんどの子どもたちはおばあちゃんの昔話にあまり興味がなかったみたいで、庭で追いかけっこなどして遊んだり、おばあちゃんの話を遮って学校であった話を聞いてもらったりしていましたが、私はおばあちゃんのお話が大好きでした。おばあちゃんのお話をゆっくり聞きたくて、他の子が帰ったあとくらいの時間を狙って遊びに行くことも時々ありました」

B02「あらあら。ミドリちゃん、今日は遅かったのねえ。お菓子、もうみんななくなっちゃったわ」

C02「ううん。ミドリね、今日は“それ”が食べたかったの」

A03「おばあちゃんのお菓子を食べに来たみんな、絶対に手をつけないものがひとつだけありました。梅干しです。それも、スーパーで売っている紫蘇漬けとか蜂蜜漬けとかじゃない、いわゆる白干しというもの。おばあちゃんの手づくりだったそうです」

B03「ミドリちゃん、梅干し好きだったのね。でも大丈夫? これ、おばあちゃんが自分で食べるために出したやつだから、ミドリちゃんの口には合わないかもしれないわよ」

C03「ううん。ミドリね、本当は梅干し大好きなんだ」

A04「ウソでした。本当は大好きなおばあちゃんを独り占めしたかっただけ。梅干しなんて家では食べたこともありませんでした。でも、他の子と違ってお菓子目当てじゃないって知られるのがなんとなく気恥ずかしくて、とっさにいいかげんなことを言ってしまったのでした」

C04「~~っ!!」

A05「1粒口に入れてびっくりしたものです。あんまりにも酸っぱくて、しょっぱくて。だけどおばあちゃんの手前、なんとか我慢して、涙を浮かべながらやっとの思いで飲みこみました。・・・あの子は、そんな私を見て、思ったんだそうです」

D01「なんておいしそうに食べてくれる子なんだろう。みんな、これまでボクたちには見向きもしていなかったのに」

A06「なんと、梅干しです。光栄なことに一目惚れだったそうですよ。勘違いも勘違い、私は梅干しの味が思っていたのと全然違っていて、目を白黒させていたくらいなのに」

D02「小さい子でもボクたちを好きでいてくれる子がいるんだなあ。涙まで浮かべて、とってもおいしそうに食べてくれるなあ。ボク、あの子と仲よくなってみたいなあ。一緒にお庭を駆けまわることができたらどんなに楽しいだろう。ボク、いつかあの子と同じ人間になって、『おいしく食べてくれてありがとう!』ってお礼したいなあ」

B04「ミドリちゃん。梅干しを食べたあとはお茶よ。ほら」

A07「そこまで好かれていたかと思うと少し申し訳ないのですが、でも、全部が全部ウソというわけでもなかったんです。酸っぱい梅干しを食べた後のお茶はとても甘く感じられて、それはもうおいしくておいしくて。あの日以来、私は梅干しが大好きな子になったんです」

B05「ミドリちゃんは本当に梅干しが好きなんだねえ。おばあちゃん知らなかったわ。今年は少し多めに漬けようかねえ」

A08「私もおばあちゃんも気づきませんでしたが、その日、お皿の梅干しが1粒、どこかにいなくなっていたみたいです」

D03「ボクはその日、人間になろうと誓いました。梅干しに手は無いけれど、ミドリちゃんと手をつなぎたいから一生懸命手を伸ばそうと。梅干しに足は無いけれど、ミドリちゃんとお庭を駆けまわりたいから一生懸命足を伸ばそうと。どうすれば人間になれるのか見当もつきませんでしたが、とにかくガムシャラにがんばろうと胸に誓って、こっそりお皿から転がり落ちたのでした」

B06「たくさん、たくさん、途方もない時間をかけて、梅干しくんはがんばったみたいですよ」

D04「やがて、ボクは小さなテントウムシになりました。人間にはまだまだ遠いけれど、初めて自分の手と足を手に入れて、あの日は本当に嬉しかったなあ」

C05「おばあちゃん!」

B07「あら。今日は制服なのね。そうかい、ミドリちゃんももう中学生になるのねえ」

C06「学校は来週からだけどね。今日はちょっと着てみただけ。そういえば最近おばあちゃんとこ行けてなかったなあって思って、褒めてもらいに来たの」

B08「ふふふ。かわいいわ。本当に大人になったわねえ」

D05「ボクもミドリちゃんにかわいいって言ってあげたかった。いつか人間になったら言おうって決めて、ボクはまた人間になるための修業を続けました。――それからまた何年も経って、あれはたしか、ボクが緑色のアマガエルだったころ」

C07「ひっく、ひっく――。お母さん・・・」

E01「残念だったわね。ミドリ、田所さんのこと大好きだったものね」

C08「違う! 私、最近おばあちゃんに全然会ってなかった! 本当はお見舞いに行く時間あったはずなのに! なのに泣いてるんだよ。悲しいと思っちゃってる。すごく、おばあちゃんに失礼だと思う」

E02「そんなことない。そんなことない」

C09「ごめんなさい! おばあちゃん、ごめんなさい・・・!」

D06「ミドリちゃんの叫びはボクの胸にも突き刺さりました。だって、ボクも人間になるのに忙しくて、ここのところ全然ミドリちゃんを見に行っていなかったから。おばあちゃんが家にいなかったの、入院してたからなんだってこともボクは初めて知りました。ボクも泣きたかった。でも、ミドリちゃんと一緒でボクも泣いていいのかわからなかった。雨。空の神様が代わりに泣いてくれるのだけが、ほんの少しだけ安らぎでした。――それからしばらく。結局ボクは人間になる夢をまだ捨ててなくて、そのときはしっぽの長いネズミの姿をしていたころ」

C10「カズくん! はい、今日のお弁当」

F01「いいって。お前さ、うちの部でカノジョに弁当作ってもらってるのなんて俺だけだぞ。恥ずかしいって」

C11「いいじゃん。どうせお母さんのお弁当も持ってるんでしょ。似たようなもんだって。私が作りたくて作ってるんだからいいの!」

F02「だから逆に目立つんだよ。それに、どうせ今日も入ってるんだろ?」

C12「うん。梅干し。酸ーっぱいやつ。お茶と一緒に食べて。私の大好きな味、カズくんも早く好きになってね。これだけは私の一生のワガママ」

D07「喉にでも噛みついてやろうかと思いました。でも、ミドリちゃんがきっとまた泣くからそれは我慢。代わりにときどき靴とか鞄とかに穴を空けてやりました。こいつの話はこれくらいでいいや。――それからだいぶ時間が進んで、今度はボクが空を飛ぶカラスになったころ。ミドリちゃんはすっかり大人になって、お腹のなかにいる自分の子どもにお話を聞かせていました」

A09「むかしむかし、あるところに、・・・そうだなあ。三角形のかわいいおむすびさんがいました。おむすびさんはある日、しわくちゃの梅干しさんと出会って――。それからどうしようかなあ。食べちゃうのもなあ。お茶もどこかで出したいし・・・。んー。お話を作るのって難しいー!」

F03「いや、普通に絵本でも読んでやればいいだろ。梅干しオタク」

A10「そうなんだよ。我ながらドン引きするレベルの梅干しオタクだから、この子にも絶対梅干しを布教するの。そのために今からお話を考えてるの。英才教育」

F04「それ洗脳だ。宗教なのは合ってる」

A11「なによ。パパだって梅干し好きでしょ。ねー、ハルカ。ハルカもお母さんが漬けた梅干し好きだよねー? ・・・早く会いに来てね。ママ、ハルカが生まれてきたらたくさん、たくさんお話を聞かせてあげるからね。楽しみにしててね」

D08「そして、ボクがふわふわの仔犬になって、ついにミドリちゃんのおうちに住めるようになったころ。・・・ミドリちゃんはもうシワシワのおばあちゃんになっていました」

A12「ハルカ」

E03「なあに、お母さん。また昔話?」

A14「あはは。そうだねえ。私ね、隣のおばあちゃんの昔話が大好きでよく聞きに行っていたんだよ」

E04「聞いたわよ、もう。何度も」

A15「私ね、ずうっと後悔していたの。おばあちゃんが亡くなる前、どうしてもっと会いに行かなかったんだろうって。ずっと気にしてた。申し訳ないなあって。謝りたいなあって。でも、もう償えないんだなあって」

E05「それも聞いた」

A16「でもね、最近こうも思うの。おばあちゃん、きっと幸せだったんだろうなって。だって私、こうしてハルカが傍にいてくれるのがすっごく嬉しいの。今、幸せなの。パパが元気だったころも幸せだった。ああ、そうそう。梅太郎が来てくれてからもっと幸せになったよ。ねー、梅太郎」

D09「そう言って頭を撫でてくれる、ミドリちゃんのカサカサの手が心地よかった」

A17「私ね、いっつもおばあちゃんに会いに行ってた。おばあちゃんいつも笑ってた。おばあちゃんが大好きだった梅干しを一緒に食べたら、とっても嬉しそうにしてくれてた。最後のほうはやっぱり悪いことしたなあって思うけど。でもね、私、きっとおばあちゃんを幸せにしていたんだよ。自惚れかもしれないけど、きっとそう。幸せだった。ずっと、ずうっと・・・」

E06「・・・お母さん?」

D10「――その日も、雨が降りました。ボクは結局間に合いませんでした。ミドリちゃんにいっぱい話したいことがあったのに。ミドリちゃんと一緒に遊びたかったのに。おいしいって言ってくれてありがとうって、どうしても伝えたかったのに。ずっとずっとがんばってきたこと、叶えられませんでした」

B09「これで梅干しくんの長い長い初恋のお話はおしまい」

C13「人間の女の子とお友達になることを夢見て、だけどその夢はもう叶いません」

E07「努力して努力して、あと少しというところまで伸ばした指先は、結局届くことがありませんでした」

F05「そもそも恋をしたきっかけからして勘違いでした。女の子はそのとき、梅干しなんか好きじゃありませんでした」

A18「女の子は他の男の子に恋をして、家族を作って、幸せに旅立っていきました。梅干しくんの思いを何も知らないまま。――だけど。それでも」

C14「ねえ、ウメちゃん、ウメちゃん。はい。あげる」

D11「・・・またぁ?」

C15「だって、ママの作る梅干し、ものすっごく酸っぱいんだもん。ママもおばあちゃんも、もうひとつ上のおばあちゃんもみんな好きだったんだっていうけどさ。サツキは嫌いなの! なのにママ絶対お弁当に入れてくるの! なんで?」

D12「うーん。サツキちゃんが嫌いっていうならしょうがないけど。・・・ね。1回だけ試してみない?」

C16「えー。ウメちゃんまでママみたいなこと言うー。もう食べたことあるもん。酸っぱかったもんー」

D13「もう1回だけ! あのね、梅干しを1つ食べて口のなかをうーんと酸っぱくしてから、お茶を飲むと、びっくりするくらい甘くなるんだよ。むかし教えてもらった、とっておきなんだ。サツキちゃんが嫌いっていうならもうしょうがないけどさ。でもね、サツキちゃんなら、きっと好きになってくれると思うんだ――」

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