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花束よりもチョコレートを

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3人用(女性3) / 2765字 / バレンタインにさよならするやつ

登場人物

A:地球最後の人間。ちょっと言葉が捌けてる。
B:地球最後の人間。いくらか賢そうな感じ。
C:人型ロボット。型式番号RUR-1950、愛称ルールー。

本文

A01「――じゃあ、バンアレン帯って10回言ってみて」

B01「バンアレン帯バンアレン帯バンアレン帯バンアレン帯バンアレン帯バンアレン帯バンアレン帯バンアレン帯バンアレン帯バンアレン帯」

C01「説明いたします。バンアレン帯とは地球はるか上空を取り囲む放射性粒子の帯のことをいいます。東西冷戦下の1958年、ジェイムズ・アルフレッド・ヴァン・アレン博士の人工衛星とガイガーカウンターを用いた実験で発見されました。二層構造になっており、低層では主に陽子が、高層では電子がそれぞれ滞留しています。この2つの帯が生き物に有害な宇宙線や太陽風をシャットアウトするバリアの役割を果たすことで、地球は全宇宙のなかでも稀少な、生命の楽園になることができたのだといわれています。バンアレン帯を形成しているのは地球の磁場であり、したがって磁力線が集中する北極と南極ではバンアレン帯そのものが地表に引き寄せられてしまい、層が薄くなり、またオーロラ現象を――」

B02「待ーった待った待った! 長い! ボケが長いよ!」

A02「ボケとはなんだ」

B03「いや、だって。今日は――」

A03「2月14日」

B04「2月14日といえばさ」

A04「当然、地球文明が滅亡した日よな」

C02「説明いたします。東西冷戦の記憶も薄らいだ2049年、大規模な気候変動に端を発する経済的大恐慌に喘いだ某超大国が、突如全世界に対して宣戦を布告。当然のことながら四面楚歌の八方塞がり、ここぞとばかりのフルボッコを食らってわずか2年でかつての威光が見る影もなくなったころ、トドメとばかりに全世界の首脳陣は手持ちの核ミサイル全てまとめて彼の国にブチかまし、その結果――」

A05「プラズマ化した放射線の奔流は某超大国を塵も残さぬ勢いで薙ぎ払った・・・ばかりでなく、電磁イオンサイクロトロン波動となって上空のバンアレン帯の流れを大きくかき乱し、極大規模の電子的集中豪雨を発生させた」

B05「そしてその電子の集中豪雨はバンアレン帯に存在した放射性粒子を一気に枯渇させ、地球全土に太陽風やら宇宙線やらがわんさか到達するように。またたく間に地球は死の星になり果てましたとさ。・・・いや、だからね?」

A06「それが、2051年2月16日の出来事だったのだよ」

B06「2日ズレてんじゃん!」

A07「何を言う。当時この事件は『沈黙のバレンタイン』と呼ばれていたらしいぞ。だってさ、冷静に考えてみ。そんなヤベーときにバレンタインだなんだと浮かれていられるかって話よ。チョコレート10個とか20個とかもらえたイケメンどもの、せっかく自慢したかったのに全然そういう空気じゃなくなってしまった怒りのぶつけどころがないこの感じ、彼らのもどかしい気持ちがあんたにわかるか?」

B07「生まれてこのかたバレンタインなんてイベントやったことない私にゃそんなの一切わかりません」

C03「地球人口の99.9%が死滅した日の前後に浮かれて暮らせる人間様がいるとしたら、そのかたはサイコパスだと推察されます」

A08「で、つまりだ。今日はバレンタインデーなのだよ」

C04「あなたがサイコパスでしたか」

B08「てゆーか、そこに着地させたいんだったら10回言わせてすぐできたでしょ。ずいぶんな回り道をしよってからに」

A09「いうほどバンアレン帯とバレンタインって似てるか?」

B09「知らない」

A10「なんだよ、ノリ悪いな。昨日打ち合わせただろ」

B10「私が悪いんか!?」

C05「仲がよろしいようで。ところで人間様がた、そろそろ真面目に話し合ったほうがよろしいかと。私が確認したところ――」

A11「そう、それだ。その話がしたかったんだ」

B11「ルールー。ちょっと手を出して」

C06「・・・? はい」

B12「ハッピーバレンタイン」

C07「・・・要りません。私に食品を食べる機能はありません。どうぞおふたりで召し上がってください。私の動力は実質的に無限。対して、あなたがたは――」

B13「うん。ウチのシェルターの食料庫、ついにカラになっちゃった」

A12「もって1ヶ月ってところかな。詰みだ、詰み」

B14「さすがにたった2人じゃバイオスフィアも維持できなかったねー。野菜を育てようにももう肥料が足りてない」

C08「だったら、なおさらです。チョコレートですよ? 大事な高カロリー食品じゃないですか。これひとつあるだけでも何日――」

A13「いいんだ。それよりもバレンタインデーだ」

C09「サイコパスですか」

A14「それでもいい。ルールー。RUR-1920。人間に奉仕するためにつくられたというあんたに、私らから最初で最後の命令を出します」

B15「このシェルターを出て、私たち以外に生き残っている人間を探してほしい。その人を助けてあげてほしい。地表の放射能汚染後に開発された高耐久仕様のあなたなら、私たちにできないことができる」

C10「・・・あなたがたはオーナー登録されていません。命令は聞けません」

A15「だったらオーナー登録するから」

C11「不可能です。インターネットが途絶していてデータセンターとの連絡が取れません」

B16「だよねえ。じゃ、やっぱりお願いするしかないよね。友達として」

A16「あのさ。今日はバレンタインデーなんだ。そんでそれはチョコレート。知ってる? バレンタインデーって、好きな人に気持ちを伝えるためにチョコレートを贈るんだって」

C12「・・・にわか知識」

B17「バレンタインなんて初めてやったからね」

C13「言いたいことはわかりました。では、とりあえず気持ちは受け取っておくとします。もう受け取ったのでチョコレートはお返しします。・・・お願いですから」

A17「長い人生、3,4日なんて誤差だって」

C14「長くなんてありませんよ、全然・・・。では、せめて残り1ヶ月だけでも――」

A18「いやいや。それじゃ嫌だから今お願いしてんの。食べものの恨みは怖いからねー」

B18「私たちって、たぶん、これから先正気でいられない。いよいよとなったら2人で殺しあうかもしれない。そんなカッコ悪いところさ」

A19「見せたくないよな」

B19「だからさ、お願い。大好きなルールー。私たちの気持ち、どうかそのまま受け取ってほしいんだ」

C15「・・・わかりました。1ヶ月ですね? ・・・1ヶ月ですよ! それまでに、私が食料とか、生活物資とか、生き残りの人間様とか、それから、それから――! 全部見つけて必ず帰ってきますから、おふたりは、どうか、・・・ご無事で!」

A20「わかった、わかった。私らだって別に好き好んでカッコ悪いことしたいわけじゃないからさ。なあ」

B20「じゃ、行ってらっしゃい。ルールー。チョコレート忘れないでね」

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