1人用(不問1) / 2064字 / かりんとうが主人公の切ないお話
↓この台本にはリメイク作があります↓
本文
ミドリちゃんのおばあちゃんのお家(うち)には、いつも欠かさず美味しいお菓子がありました。
だから、ご近所の子どもたちが毎日遊びに来ました。優しいおばあちゃんは皆にお菓子を振舞うのですが、いつも決まって、かりんとうだけが、誰にも食べられずいつも余っていました。
「皆もったいないわねえ。見た目はそっけないけれど、かりんとうだって、とっても甘くて美味しいのよ」
皆が帰ったあと、おばあちゃんはポリポリとかりんとうを囓りながら、いつもそう呟くのでした。
夏休みのある日、遠くの街からミドリちゃんが遊びに来ました。
ミドリちゃんは、テーブルの上に置いてあるかりんとうを見つけて、不思議そうな声でおばあちゃんに聞きました。
「おばあちゃん、これは何? 黒くて、くにゃくにゃで、変な形」
「これはね、かりんとうっていうのよ。とっても甘くて美味しいから、一つ食べてごらんなさい」
ミドリちゃんは、かりんとうを見て、おばあちゃんを見て、それからそっとかりんとうを一つつまんで、ぱくり。とたんにミドリちゃんの瞳が、キラキラ輝きました。
「美味しい! 甘くて、カリカリしてて、とっても美味しい! おばあちゃん、ミドリね、かりんとうが大好き!」
一つ、二つ、三つ。ミドリちゃんは夢中になって、かりんとうをたくさん食べました。
それはそれは美味しそうに、ニコニコ笑顔で食べました。
そのことに誰よりも驚いたのは、かりんとうでした。
「今まで皆ボクを食べてくれなかったのに、この子は何て美味しそうに食べてくれるんだろう」
そして、誰よりも嬉しかったのも、やっぱりかりんとうでした。
「嬉しいなあ。嬉しいなあ。とっても美味しそうな、素敵な笑顔だなあ。もしボクが人間になって、この子と一緒に遊べたなら、それはきっと、すっごく嬉しいだろうなあ」
そう。ミドリちゃんがかりんとうを大好きになったように、かりんとうもまた、ミドリちゃんのことを大好きになったのでした。
その日から、かりんとうは人間になるために頑張りました。
かりんとうに手はないけれど、ミドリちゃんと手を繋ぎたいから、一所懸命に手を伸ばしました。
かりんとうに足はないけれど、ミドリちゃんと野原を駆けまわりたいから、一所懸命に足を伸ばしました。
たくさん、たくさん時間をかけて、かりんとうは頑張りました。
ある日、かりんとうは、小さなテントウムシになりました。
人間にはまだまだ遠いけれど、手と足を手にいれて、かりんとうは喜びました。
ある日、かりんとうは、大きな角のカブトムシになりました。
身体も少し大きくなって、かりんとうは喜びました。
たくさん、たくさん時間をかけて、かりんとうは少しずつ人間に近づいていきました。
かりんとうが緑色のカエルになった頃、ミドリちゃんのおばあちゃんが倒れました。
小学生になったミドリちゃんが、大きな声で泣いていました。
カエルになったかりんとうは、
「ボクが今すぐ人間になって、ミドリちゃんの涙を拭いてあげられたらいいのに」
そう思いました。
かりんとうが、しっぽの長いネズミになった頃、ミドリちゃんの隣にはいつも同じ男の子が立っているようになりました。
ネズミになったかりんとうは、どうしてかムシャクシャして、男の子に噛みついてやりたい気分になりました。
けれど、ミドリちゃんの幸せそうな顔を見ると、どうしてもそんなことは出来ないのでした。
かりんとうが、空をとぶ小鳥になった頃、ミドリちゃんはお母さんになっていました。
ミドリちゃんは優しい声で、子どもに話しかけていました。
「これはね、かりんとうっていうのよ。甘くて、美味しくて、お母さんの大好物なのよ」
それはまるで、小さい頃のミドリちゃんと、ミドリちゃんのおばあちゃんを見ているようでした。
小鳥になったかりんとうは懐かしい気持ちになって、ミドリちゃんのおばあちゃんのために綺麗な歌を歌いました。
かりんとうが、可愛い仔犬になった頃、ミドリちゃんはシワシワのおばあちゃんになっていました。
ミドリちゃんは子どもたちに囲まれて、嬉しそうな笑顔で、ゆっくりと目を閉じました。
枕元には、ミドリちゃんが大好きだった、かりんとう。だけど、もうミドリちゃんはそれを食べることが出来ません。
仔犬になったかりんとうは、庭からそれを眺めて、「わぉん」と一声鳴きました。
かりんとうはそれからどうしたでしょうか。
ミドリちゃんはいなくなったけれど、やっぱり人間になったのでしょうか?
ミドリちゃんのように、たくさん遊び、大きくなって、誰かを好きになって、お父さんになり、おじいちゃんになり、嬉しそうにしているのかもしれませんね。
それとも、またかりんとうに戻ったのでしょうか?
黒くて、くにゃくにゃで、だけど食べると甘くてとっても美味しい、素敵なお菓子は、今日も皆をニコニコ笑顔にしているのかもしれませんね。
かりんとうの長い長いお話は、これでお終い。
お話の続きは、またいつか、皆の夢のなかでお話ししましょう。
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