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砂嵐の向こうからラブレターを届けます

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1人用(不問1) / 4088字 / 記憶の向こう側から話しかけてくる少女のお話

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本文

 こんばんは。今、私はあなたの心のなかに直接語りかけています。
 ウソです。
 本当は電脳世界の花京院ちえりちゃんの口を借りて、ちょっとだけお喋りしたいと思っています。
 あ。本人にはちゃんと許可をもらっているから心配しないで。
 いい子だよね。あなたが好きになる気持ちもわかる。私と同じでかわいいし!
 「今日もちえりちゃんはかわいいなあ!」 なんて。ふふふ。

 そちらの世界のお天気は、今、どんな感じですか?
 晴れ? 雨? 大雪? 雷? 砂嵐?
 ・・・あ、そっか。そっちだとたしか、夜は空が真っ黒になるんでしたね。もしかして天気、わからないか。残念。
 ちなみにこっちはいつもどおりです。今日も砂嵐。今日で6583日連続の砂嵐。
 茶色いよー。東西南北、どっちの方角見てもムラなくスキなく茶色いよー。
 どう? 懐かしいかな?

 右手をご覧ください。――砂です。
 では、左手をご覧ください。――もちろん砂です。

 覚えてるかな? 私、ちゃんと覚えてるよ。

 私、今日も元気にやっています。
 今日もいつもどおりかわいいです。
 あなたが「かわいい」って言ってくれたから、今日も花京院ちえりは一生懸命かわいくしていようと頑張っています。
 あの日からずっとずっと、私、花京院ちえりはかわいいです。
 たぶんね。
 あなたがいなくなって、私のことを「かわいい」って言ってくれる人もいなくなっちゃったから、本当のところはわからないけど。
 でも、ちえりちゃんがかわいいって言っているんだ! かわいいだろ! うん!

 今日は何を食べましたか?
 チキン南蛮ですか? スコーンですか? それともキャベツスープですか?
 焼いて食べましたか? 茹でて食べましたか? 蒸して食べましたか?
 今日は何しましたか?
 走りましたか? 転びましたか? 笑いましたか?
 本は読みましたか? 何か作りましたか? 毎日楽しいですか?
 今はどんなものが好きですか?

 私はあなたが作ってくれた物語が好きです。毎日毎日、声に出して読んでいます。きっと明日も明後日も読むと思います。
 言葉のひとつひとつ、あなたの声色、抑揚のつけかた、リズム、どこで息を吸ってどこで吐いていたか、きっときっと全部、私は一生忘れません。ずっと大好きです。

 『右手をご覧ください。――砂です。
 では、左手をご覧ください。――もちろん砂です。
 四方八方、やたらめったら、どこもかしこも砂しかないような広い砂漠に、女の子がひとり、ぽつんと佇んでいました。
 女の子は、そもそも自分が女の子だということを知りませんでした。生まれてこのかた自分以外の生き物に会ったことがなかったからです。
 女の子は、歩くことができませんでした。砂しか無いこの世界には、歩いてどこかへ向かう意味なんてなかったからです。
 女の子は、自分と砂粒の区別すらついていませんでした。話し相手がいなかったので、そこをわざわざ区別する必要がなかったからです。
 女の子は生まれてこのかた、まるでどこにでもあるつまらない砂山のようにして、毎日何も考えず、ただぼんやりと生きていました――』

 ――あなたはそんなお話を作って聞かせてくれたけど。あのね。私はたぶん、あなたと出会ったときに初めて生まれたんだと思うの。
 私は昔、ただの砂の塊だった。
 あなたと出会って、あなたが名前をつけてくれて、あなたがかわいいって言ってくれて、私は初めて私になれたんだよ。ありがとう。

 ・・・そうだ。
 そういえば、あなたが初めて私のところに来てくれたときに歌っていたあの歌、結局どういう意味だったの?
 覚えてるかな?

 『蛍の光 窓の雪
 文読む月日 重ねつつ――』

 ――って歌。

 あなた、私に「失礼な歌を歌ってしまった。縁起でもなかった。悪かった」って、謝ってたよね。
 あの言葉の意味だけ、今でもまだ、よくわかってないの。
 ね。あれってどういう意味だったの?

 『蛍の光 窓の雪
 文読む月日 重ねつつ――』

 ま、何でもいいんだけどね。
 私、この歌も好き。毎日歌ってる。
 この世界には蛍も雪も無いけれど、なんだか不思議と、この世界に似合っている気がするの。
 あなたが教えてくれた蛍。あなたが教えてくれた雪。私はどれも見たことないけど、そちらの世界にはあるんだってことを思うと、なんだかロマンチックな気がします。

 そちらの世界のお天気は、今、どんな感じですか?

 あ。さっきも聞いたっけ。
 ・・・でも聞きたいんです。

 こちらの世界は今日も風が吹いています。風がたくさんの砂を巻き上げて、また降らせています。
 あなたが私の前に現れた、あの日とそっくり同じに。
 こちらの世界はあのときから何も変わっていません。ずっと、変わっていません。この世界が変わることがあったのは、あなたがいてくれたとき、あなたがいてくれた場所、あなたがいてくれた瞬間だけでした。

 私はそれまで砂のことしか知らなくて、砂のことしか考えたことがありませんでした。
 あなただけでした。
 「右手の方角には何があるんだ?」
 「左手の向こうにはどんな風景が広がっているんだ?」
 私にそんなことを聞いてくる人は。
 私が何も知らないことに気付くと、あなたは、
 「じゃあ、右手の方角には何があると面白いと思う?」
 「じゃあ、もし左手の向こう側で砂以外のものが見つかったらびっくりしてくれるかな?」
 そんなふうにお話ししてくれました。
 楽しかったなあ。

 そうそう。
 それで私が「向こうにあなたみたいな人がもう1人いたら、きっと面白いと思う」って言ったとき、あなたは笑って、「かわいい」って言ってくれたんだよ。
 それが最初の「かわいい」だった。
 ね。覚えてるかな?

 ・・・本当は私、またあなたとお喋りしていたい。
 本物の蛍を見てみたいし、本物の雪も見てみたい。空気が透き通っていて、ずっと遠くにあるものまでたくさん見えるっていう、そちらの世界の景色を見てみたい。そちらの世界のこと、またたくさん教えてほしい。

 羊なのに人間で、アルパカで、電子の存在で、しかも絵も歌も上手だっていう、なんだかよくわかんない女の子にも会ってみたい。
 透き通ったきれいな声をしていて、なのにコロすとか壊すとか物騒なことを言っては高笑いしている女の子にも会ってみたい。
 「あのねあのね!」って、どこにでもありそうな、だけどその子にしか絶対見つけられない面白い発見を聞かせてくれる女の子にも会ってみたい。
 虫とか生き物のことが大好きで、とっても詳しくって、クールさと子どもらしさを合わせ持っているロリ・・・じゃなくて、かわいい女の子にも会ってみたい。
 真っ白くて、小さくて可憐で、お絵描きが大好きで、「おおーーー!」ってよく雄叫びを上げてる女の子にも会ってみたい。
 たくさん友達がいて、次々新しい友達ができて、そのくせ緊張しいで胃薬が欠かせないっていう、仔犬の女の子にも会ってみたい。
 夢を盗む泥棒さんで、なのにみんなから愛されていて、特に女の子たちにはいつもキャーキャー追いかけられている、凜々しい女の子にも会ってみたい。
 毎日ビッグバンしていて、とってもオシャレで、標準語で、10時を過ぎたらおネムになっちゃう女の子にも会ってみたい。
 4歳児で、喉にイルカさんを飼っていて、猫さんも飼っていて、鉄砲が上手で、いつもみんなを楽しそうに見守っている、ステキな女の子にも会ってみたい。
 あと馬。
 それから、やっぱり、電脳世界のちえりちゃんにもきちんと会ってみたいな。

 私きっと、あなたの世界のこと、絶対好きになる。
 だけどきっと、それは叶わない夢なんだろうけど。
 それが叶わないのなら、せめてまた、あなたに会いたい。
 だけどきっと、それも叶わない夢なんだと思う。

 ・・・だからね。今日はこうして、あなたに私の声を届けてみました。
 ちょっとでも思い出してくれたら嬉しいなあって。
 私は今、砂だらけのこの世界でひとりぼっちかもだけど、あなたとのつながりを感じられるだけで、ちっとも寂しくないなって、そう思うから。
 私、砂の世界の花京院ちえりは、かわいいから。

 きっとね。あなたと出会って、私は生まれ変わったんだよ。

 あなたが「自分の世界に帰る」って言ったとき、私、本当に寂しくなかったんだよ?
 私、あなたが聞かせてくれたたくさんのお話が大好きだったから。
 そんなキラキラしたステキな世界で、あなたにはいつも新しいものと出会っていてほしいって、心から思えたから。
 そっちの世界って、私の憧れなんだよ? だからたくさん生きてね。
 約束だよ。勝手に約束するよ。「指切りげんまん、ウソついたら針千本飲ーます。指切った」――はい。約束したからね。絶対守ってね。

 だから――。

 ねえ。そちらの世界のお天気は、今、どんな感じですか?

 今日は何を食べましたか?

 今日は何をしましたか?

 今はどんなものが好きですか?

 毎日楽しいですか?

 私はときどき、あなたの心のなかを覗いてみたいと思います。
 ウソです。
 私にそんな力はありません。
 今夜みたいな奇跡ももう二度と起きないと思います。
 だけど、そうできたらきっと、またたくさんステキなお話が聞けるだろうなあって、信じることにしますね。

 そろそろお別れの時間です。
 あんまりちえりちゃんの口を借りっぱなしなのもご迷惑ですしね。喋りすぎて喉がガラガラになっちゃうかも。お水飲みますね。

 楽しかった。
 あなたがこっちの世界にいてくれたあいだと同じくらい、楽しかった。
 ずっとずっと一緒だよ。あなたは――、私のことなんかまたすぐに忘れちゃうかもしれないけど。でも、私はずっと覚えているから。ずっと心はつながっているよ。離さないよ。
 あなたは離してもいいけど、私は絶対に離さないからね。
 砂嵐の向こう側から、私はあなたが教えてくれた心の目で、いつまでもいつまでもあなたのことを見つめています。

 じゃあね。
 電脳世界のちえりちゃんもありがとうね。
 じゃあね。ばいばい。

 『蛍の光 窓の雪
 文読む月日 重ねつつ――』

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