3人用(男性1;女性1;不問1) / 1700字 / keyライクな奇跡が起こるやつ
登場人物
A(地の文含む):ヒカル。生まれつき視覚と聴覚以外の感覚が無い。
B:女性。ヒカルの母親。Aが言葉を使って思考できているのは彼女の読み聞かせのおかげ。
C:男性。おそらく医者。人がいいだけなのか天然マッドなのか。
本文
白。どこまでも白い何か。時々見える何かの影。そしていっぱいの何かの音。声? 生まれたときからこうだった。僕の知っている世界。これが全て。
B01「おはよう、ヒカル。今日もいい天気ね」
いつも聞こえる音が聞こえる。色んな音で聞こえるけど、きっとどれも同じもの。暖かくて、くすぐったい音。きっとこれが声。誰かとても暖かい人が僕に語りかける声。
B02「じゃあ、今日もお勉強をしましょうか。今日は絵本を持ってきているの。ええと、『みどりちゃんのおばあちゃんのうちには……』」
この人はいつもいっぱい声を聞かせてくれる。繰り返し、繰り返し、何かとても大切なものを伝えようとしてくれる。いくつかの物事はこの人から教えてもらった。ここは病院。この人はお母さん。僕はヒカル。ヒカルはここにいる。
B03「『……おはなしのつづきは きっといつか、みんなの ゆめのなかで おはなししましょう』ねえヒカル、ヒカルはお婆ちゃんのこと覚えているかな? 覚えてないか。もうずっと昔のことだもんね。でもね、ヒカル。ヒカルがまだ小さかった頃は、いっつもお婆ちゃんが会いに来てくれてたのよ。ヒカルのこと、とっても大事に思ってくれていたの」
覚えているよ。お母さんと同じくらい、繰り返し繰り返し声を聞かせてくれた人。優しくて、ゆったりした声。ずっと昔に聞こえなくなった声。僕、覚えているよ。今までに聞いた、音、声、全部。覚えているよ。ああ、もしも僕に声があったなら、きっとお母さんに教えてあげられるのに。
C01「今日もいらしてましたか。いつもながらご熱心ですね。ヒカル君もきっと喜んでいますよ」
B04「いえ、もう習慣みたいなものでして。相変わらず声が聞こえているかどうかはわかりませんが」
C02「検査した限りでは、目と耳の神経は正しく機能しているはずです。それに、お母さんがいらした日はバイタルの数値がいつもより良くなるんです。安心してください。お母さんの愛情はヒカル君にちゃんと届いていますよ」
ヒカルはここにいるよ!
ヒカルはここにいるよ!
ヒカルはここにいるよ!
何度も声を出そうとしたけど、どうやら僕にはどうしても声が出せないみたいだ。お母さんと違って。お婆ちゃんと違って。他の誰とも違って。どうして? 誰も答えてくれないんだ。
ねえ、僕は誰なの? 僕はどこにいるの? どうして僕は。僕はどうして。声が。僕は。ねえ。いったい。教えて、聞かせて、答えて、どうして、僕は、僕は、僕は……ヒカルは、本当にここにいるの?
C03「そうだ。ちょうど今面白いものがあるんです。出入りのメーカーさんが試供品だって貸してくれた機械なんですけどね、なんでも脳波を変換して音声として出力する、とかなんとか。ちょっと待っててください」
白い世界。時々何か動くものが見える。声も聞こえる。ずっと続く。いつまで続く? 僕は眺める。僕は音を聞く。白い世界の外側で。ただ、ただ、時が過ぎるのを待ち続ける。
C04「おかしいな、何も聞こえませんね」
B05「ヒカル、ヒカル、お母さんって呼んでみて。ヒカル」
C05「心の中で強く念じた言葉がスピーカーを通して声に変換される、とのことでしたが」
B06「ヒカル、ねえヒカル、お母さんに声を聞かせて」
C06「ううん、やっぱり眉唾だったのかなぁ。変な期待をさせてしまってすみませんでした」
B07「……いいえ。ありがとうございました。」
あ。お母さん帰っちゃうんだ。もう少しお話してほしかったな。お母さんの声、暖かいから、お母さんがいないとすごく寒いんだ。ねえ待って。お母さん。
A01『お母さん』
B08「……え?」
……お母さん?って、あれ、今の声……。
A02『お母さん!』
B09「……ヒカル?」
聞こえる。僕の声。僕が伝えたかった言葉が、聞こえる! お母さんが聞いてくれる!
A03『ヒカルはここにいるよ! お母さん、ヒカルはここにいるよ! ヒカルはここにいるよ!』
B10「ヒカル!ヒカル……!」
変わっていく。白い世界が塗り替えられる。世界の真ん中に僕の姿が描き込まれていく。僕
はここにいたんだ。
A04『ヒカルはここにいるよ!』
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